「地方銀行×地域活性化」を形にする方法。善通寺のブランド麦をミシュラン三ツ星の舞台へ導いた「つなぐ技術」
資金供給の先にある「地域商社機能」の実践報告。現場のネットワークが新しい経済循環を生む
「融資だけでは地域は守れない、でも何をすればいいのか分からない」と悩む現場の行員の皆様へ。
地方銀行が取り組む「地域活性化」とは、単なる融資にとどまりません。人口減少時代、銀行員に求められるのは、地域の「無形資産」を見極め、言語化し、つなぎ合わせる「地域商社」のような役割です。
今回は、善通寺のブランド麦『ダイシモチムギ』を、ミシュラン三ツ星がつく「栗林公園」内にある、飲食店のメニューへと繋いだ実例をもとに、地方銀行員が現場で発揮できる「ネットワーク力」と「価値創造」の本質を、私自身のフィールドワークから解説します。
1. 「地方銀行ノマド」が動き出す。地域活性化の火種はネットワークから
2024年9月末に、長年勤務していた地方銀行を退職してしばらく経った時のことです。銀行勤務時代に知り合いになっていた四国経済産業局の幹部の方から、「銀行を辞めたのであれば、善通寺市の町おこし会社である『株式会社まんでがん』の事業サポートをしてあげてもらえないか」というお話をいただきました。
「まんでがん」とは讃岐弁で「全部、丸ごと、すべて」という意味。その名の通り、善通寺市の町おこしや地域資源の開発を目的とした会社です。
そこで出会ったのが、地元で栽培されるブランドもちむぎ『ダイシモチムギ』でした。約10年前から販売を開始し、今ではふるさと納税の返礼品や香川県の主要スーパーにも並ぶ商品ですが、まだその「潜在能力」は出し切れていないと感じました。
『ダイシモチムギ』が持つ3つの価値
- 健康価値: βグルカンを多く含み、糖尿病予防や悪玉コレステロールの上昇抑制に効果。
- 体験価値: 白米と一緒に炊くと、プチプチとした食感を楽しみながら美味しく食べられる。
- 歴史的価値: 善通寺で生誕された「弘法大師空海」にあやかって「大師(だいし)」から名付けられたストーリー性。
2. 現場の潜在ニーズを掘り起こす:飲食店が求める「香川の魅力」
一方で、私が銀行員時代からお付き合いをさせていただいている、飲食店を複数経営する事業者様がおられました。
その社長様は「地元で取れた食材を使ったメニュー作りをしたい」という強いニーズをお持ちでした。特に昨今のインバウンド需要の高まりや、国内旅行者の増加を受け、「香川県ならではの魅力ある食材を発信したい」と考えておられたのです。
この事業者が運営しているのが、香川県随一の観光スポットであり、「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で三ツ星を獲得している国の特別名勝「栗林公園」内にある『カフェド栗林』です。
私はすぐに、善通寺の『ダイシモチムギ』をこの社長様へ紹介しました。地域の特色ある食材を求めていた社長様と、販路を広げたい生産側の想いが合致し、見事にメニュー化が決定したのです。
3. 無形資産を言語化し、地方銀行の「ネットワーク」を最大化する
年間約80万人が訪れる栗林公園。この香川県随一の発信力を持つ場所で『ダイシモチムギ』が採用された効果は絶大です。
- ブランディングの強化: テレビ取材やネット情報発信が頻繁に行われ、認知度が飛躍的に向上。
- 体験から購買への導線: カフェで食事をした観光客が、併設のショップ『栗林庵』で商品を買って帰るという経済循環が誕生。
- 文化の伝搬: 料理を通じて、空海ゆかりの善通寺や、讃岐の気候風土を知ってもらう機会の創出。
現在は、さらなる展開として『ダイシモチムギ』を使ったスイーツ開発や、お土産商品の企画も進めています。
今回のプロジェクトを通じて強く感じるのは、地域の資源や事業者の想いが、地域の中だけで留まってしまっている「もったいなさ」です。これを繋ぎ合わせ、新しい価値を生むことこそが、地方銀行が持つべき真の「ネットワーク力」ではないでしょうか。
地域の素材が持つ潜在的な価値(無形資産)を言語化して企画し、銀行のネットワークを使ってマーケットに接続する。これ地方地方銀行員だからこそできる「究極の地域活性化」です。
※今回のダイシモチムギの事例は、まさに地域に眠る「見えない価値」を掘り起こす作業です。地方銀行が持つネットワークをどう収益や資本に変えていくべきか、その本質的な理論については以下の記事で詳しく解説しています。
4. 決算書の裏にある「想い」を繋ぐ。これからの地域金融の在り方
行員の皆様は日々、決算書を通じてお客様の「数字」を見ています。そして、実はその裏にある「誰と繋がりたいか」「何を成し遂げたいか」という潜在的ニーズ(無形資産)を一番知っている立場にあります。
今回の事例は、私が銀行の外側から客観的にそのニーズを繋ぎ合わせたに過ぎません。同じようなサポートは、地方銀行の現場にはいくらでも転がっています。
人口減少が進む地域においても、資金供給(融資)は依然として根幹業務です。しかし、それ以上に「新しい付加価値を生む仕事」が重要になっています。地域の人たちから感謝され、そこから資金取引や従業員取引へと繋がっていく。
目先の業績も重要ですが、こうした腰を据えた活動こそが、これからの地方銀行の「主要業務」になっていくことを切に願っております。
※銀行員が「数字」を超えて現場を変える存在になるためには、組織自体のマインドセットも進化させなければなりません。これからの地域金融における「現場改革」の必要性については、こちらの提言もあわせてご覧ください。
【今後の展望:点から面へのさらなる展開】
この『ダイシモチムギ』のプロジェクトは、スイーツ開発やギフト企画へとさらなる広がりを見せています。また、現在は香川のブランド米「おいでまい」の生産・供給や、地域の食文化の根幹を支える畜産イノベーションの承継(オリーブ牛の物語)など、複数のフィールドワークが進行中です。 「地方銀行ノマド」として、現場で何が起き、どう価値が生まれているのか。今後もリアルな実践記録を本ブログで発信していきます。
【著書のご案内】
『地方銀行ノマド ~WEBマーケティング×地域ネットワーク~』 (藤堂 敏明 著)
本記事で紹介した「ダイシモチムギ」の事例のように、地方銀行の現場には、地域を再生させるための「火種」が無数に存在します。
銀行員が組織の枠を超え、WEBマーケティングの視点とリアルの地域ネットワークを掛け合わせることで、いかにして新しい働き方と地域経済の循環を創り出せるのか。私が現場での危機感から辿り着いた、地方銀行のポテンシャルを最大化させるための処方箋をこの一冊に凝縮しました。